コジマコージ

2019. 03. 19

おねしょをしたら、正直に言おう。

 

 

おねしょをしてしまった。

 

筆者はそろそろ40代のいい大人なので、もちろん最近の話ではない。仮にやったとしてもたぶん言わないし、きっとここでは書かない。

 

僕が小学生の頃に起きた、甘酸っぱくて小さな事件をここに書き記す。

 

それは、そろそろ冬も終わりも近づいた少し肌寒い朝だった。皆さんもご存じのあの独特の生温かい感触で目が覚めた。カーテン越しの外はまだ薄暗く、おそらく家族はまだ誰も起きてはいない。僕はひとまずその場に立ち上がり、ビショビショのパンツのまま考えた。

 

「どうすれば証拠を隠滅できるか」

 

いまが何時かはわからないが、家族の誰かが目覚めるまでにそこまで多くの時間はないはずだ。布団の上の新大陸を前にした若きコロンブスは悩みに悩んだ末、ある名案を思いつく。

 

「布団を水浸しにする」

 

もう迷ってるヒマはない。洗面器に急いで水をためて早足で部屋に戻ると、一気に布団にぶちまけた。一回、二回、三回…。もうおねしょの跡形はなく、そこにはただ水浸しの布団があるだけ。もう誰も僕がおねしょをしたとは思うまい。ひと呼吸ついて、何ごともなかったかのように両親の寝室に母親を呼びに行った。

 

めちゃくちゃ怒られた。

 

いま思い返してみても人生で一番怒られた。必要以上に怒られた僕は、「おねしょをしたら正直に言う」という、人生においてとても大切なことをこの事件を通じて学んだ。

 

閑話休題

 

今回、クリーニングをテーマにしたコラムのご依頼をいただき、「オーケー、オーケー」と安請け合いしたあとで、重大な問題に直面した。なんと、今まで一度もクリーニング店を使ったことなかったのだ。困った。なぜ気づかなかったのだろう。しかも、クリーニングどころか洗濯機のボタンすら押したことがない。

 

自身の名誉のために言っておくと、たまに料理はするし、ゴミ出しもする。まったく家事をやらないダメ亭主というワケじゃなく、「洗濯」というものが昔から苦手なんです。いや本当に。

 

洗濯機のボタンを押す。洗剤を入れる。しばらくするとピーピー鳴る。洗濯物を干す。しばらくすると乾く。乾いた洗濯物を……(続く)。

 

寄せては返す波のようにタスクが押し寄せてくる、この「洗濯」という作業がどうにも好きになれないので、我が家の洗濯はすべて妻に(心の中で)土下座をしてお願いしている。

 

しかし、記憶を掘っても掘ってもクリーニングの思い出が出てこない。途方に暮れた僕はとりあえずコーヒーでも淹れようとお湯を沸かした。

 

こういうときは慌てるのが一番いけない。とりあえずコーヒーでも飲んで、YouTubeでも観ているうちにアイデアが降ってくるんじゃないかと、誤作動したポジティブシンキングに身を任せてソファでくつろいでいると、突然にある記憶がよみがえってきた。

 

あった!

 

九州屈指の家事ポンコツの僕にも、洗濯機のボタンを押したことがあったのだ。

 

それは忘れもしない(忘れてたけど)、10年前。いまは妻となった、当時の彼女の家で留守番をしていた。まだ付き合って間もないころだったと思う。ただ待っているのも退屈なので、何かやることはないかと辺りを見渡した。そこで目に入ったのが洗濯機だった。

 

今となっては、やったこともない「洗濯」をなぜやろうと思ったかは分からない。たぶん彼女にカッコイイところを見せようとしたのだと思う。

 

アパートの狭い洗面所に圧倒的な存在感で鎮座する洗濯機。初めて回転寿司に来た観光客のように、おそるおそるボタンを押してみた。

 

うんともすんとも言わない。

 

「全自動」って書いてあるのに、なかなか手ごわい。ボタン長押しをしてみたり、洗濯機の横をバンバン叩いてみたりしたけど、まったく動かない。10分ほど格闘した末、あきらめてその場に座り込んだ僕は、驚くべき光景を目にした。

 

コンセントが抜けていた。

 

ありったけの気力(やる気)を振り絞り、コンセントを入れて「全自動スタート」と書かれたボタンを押す。

 

…ガーゴガーゴ、ゴー!

 

ラピュタの巨神兵のごとく息を吹き返した洗濯機に、慣れた手つきで洗剤を放り込んだ(テキトーに)。

 

よし、一服しよう。

 

ひと仕事を終えた僕は、心地よい疲労感に包まれながらお茶を淹れることにした。いくら家事ポンコツといえどもお湯を沸かすことはできる。いや、家事ポンコツと呼ばれていた昔の僕とはもう違う。きっと彼女も惚れなおすに違いない。いや、家事王として崇めるかもしれないぞ。むふふ。と妄想に浸っていたそのとき、僕の足は異変をとらえた。

 

床、ビショビショ。

 

本当に驚いた。

漏らしたと思った。

あの記憶が一瞬でよみがえった。

 

バレるくらいならこの部屋を水浸しに、と思ったがその必要はなかった。

 

すでに水浸しだったのだ。

 

そう、水が湧いていたのは僕の下半身の泉ではなく、洗濯機の排水ホース。気付くのが早かったおかげで大ごとにならなかったが、いまだに洗濯機のボタンは僕にとってはトラウマのボタン。だから妻に洗濯を頼りきってしまうんだろうな、うん。

 

ちなみに、おねしょした布団をクリーニングに出す場合、どうすればいいかをLDくまもとに問い合わせてみました。

 

「家で無理に乾かすと取り返しがつかなくなるので、自己流でいろいろ試さずにまずご相談を」だそうです。そして最後に言われたひと言。

 

「おねしょをしたときは、正直に言ってください」

 

30年前にも親から言われたその言葉。世の同士のみんな。おねしょをしたら正直に言おう。もちろん、布団を水浸しにする必要はない。

 

そうだ、クリーニング店に相談しよう。

 

ライター

コジマコージ 

MUDAI代表/デザイナー/コピーライター 高校中退&就職未経験の逆エリート街道まっしぐら系フリーランサー。酔うと句読点について語るらしい。素敵な妻とかわいい娘のスリーピース家族。主な運動はダブルクリック。

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