コジマコージ

2019. 05. 14

汚れることは、美しいこと。

 

汚れることは、美しいこと。

 

僕が生まれ育ったのは熊本市の外れの田舎町。当時はまだ野良犬や放し飼いの犬も多く、ちょっかいを出しては砂利道で追いまわされるのが少年たちの日課だった。転んでケガをすることはあったが、誰かが犬に噛まれたという記憶はないので、きっと犬の方もお遊びの延長だったのだろう。僕たちは公園のトイレに逃げ込んだり、木に登ったりして犬の追撃をかわしていたが、どうしても逃げ切れないときもある。そんなときは迷わずドブに飛び込んでいた。犬もドブの中までは追いかけてこない。それが小さな僕たちにできる精いっぱいの抵抗だった。(「犬にちょっかいを出さない」という画期的な方法はまだ発見されていなかった)

 

ドブに飛び込む心構えとして大切なことは「足から飛び込む」ということ。当たり前だが、これを守らないと大変なことになる。小学校の理科の授業で、好きなものを持ち寄って顕微鏡で観察する授業があり、草花を摘んできた女子や自分の爪を拡大する男子もいたが、僕はドブの汚水を持っていった。ワクワクしながら顕微鏡を覗くとそこには凄まじい光景が広がっていた。「ありとあらゆるバイ菌がいる」と先生からの警告を受けて、僕たちはその日からドブに飛び込むことを止めた。犬も恐いがバイ菌はもっと恐い。勇敢と無謀は違うのだ。僕たちはちゃんと学習していた。ところがある日、僕は痛恨のミスを犯す。

誤って頭からドブに転落。

飛び込んだというよりドブに刺さった。慌ててドブから這い上がろうとして、もう一度スベってまた落ちた。一緒にいた友だちはみんな腹を抱えて笑い転げていた。僕も笑いが止まらなくなり、息ができないほどに笑い続けた。(悪いバイ菌が入ったのかもしれない)

時は過ぎて、少年たちは大人になった。砂利道はアスファルトの道路になり、野良犬はいなくなった。ドブはきれいに整備されて澄んだ水がさらさらと流れている。思い出とはまるで違う風景に寂しさも感じることもあるが、やはり生活環境において清潔であるに越したことはない。「水」に関しては特にそう感じる。

熊本市の水道水はすべて地下水でまかなわれている。飲み水はもちろん、顔を洗うのも、トイレを流すのも「すべてミネラルウォーター」。1年間の生活用水の使用量を、1.5リットル(100円)のペットボトルに換算してみたところ、一人当たり520万円というとんでもない価格になって驚いた。たかが水と言えども、知らず知らずのうちに贅沢な暮らしをしているものだ。

クリーニング業界でも環境に配慮した素晴らしい取り組みがおこなわれている。一般的なドライクリーニングに用いる溶剤は有機溶剤だが、ここ熊本では地下水への影響を最小限に抑えるために「ゾール」という環境負荷が少ない溶剤が使われているそうだ。そんな地道な活動のひとつひとつが巡り巡って熊本の豊かな水環境と美しい風景を作り上げているのだろう。家の近所を歩けば水が湧く公園があるし、すこし足を延ばせば天然湧水のプールもある。じりじりと暑い夏の日でも、木陰で湧水に足を浸していると本当に心地がよい。「洗」という漢字はもともと「水で足元を清める」という意味だが、たしかに心が洗われて童心に戻るようだ。僕には4歳の娘がいる。どうしても大人になると自然と触れ合う機会が減ってしまうので、彼女には今のうちに自然のなかで思いっきり遊んでもらいたいと願っている。

娘はこの春に幼稚園に転園した。以前に通っていた保育園も自然環境に恵まれていたが、今度の幼稚園はとにかく「遊ぶこと」に本気で取り組んでいる。木登りに興じたり、裸足で駆け回ったりと生傷が絶えない毎日だが、顔つきも体格も目に見えてしっかりしてきた。娘のお迎えで幼稚園に行くと、ほとんどの子どもたちは泥だらけで真っ黒。もしくは砂ぼこりで真っ白だ。ここでは汚れていることが当たり前。そんな子どもたちの姿を見ていると、あのドブに落ちていた日々が思い起こされて、カラダの奥の方から笑いがこみ上げてくる。「汚れる」という言葉には「純粋さを失う」という意味があるが、実際は逆ではないだろうか。汚れながら無邪気に笑う子どもたちは、じつに純粋さに満ち溢れている。汚れたら洗えばいいのだ。


洋服などについた泥汚れを落とすコツは、まず泥をしっかりと乾燥させてブラシなどで落とすこと。間違ってもそのまま洗濯機に放り込んではいけない。

 

泥だらけの娘と手をつないで歩く帰り道。今日も体力を使い切ったらしく、手はポカポカ、まぶたはトロットロ。泣いて笑って一生懸命に遊んだのだろう。娘の汚れた足元とはうらはらに僕の心はとても晴れていた。

ライター

コジマコージ 

MUDAI代表/デザイナー/コピーライター 高校中退&就職未経験の逆エリート街道まっしぐら系フリーランサー。酔うと句読点について語るらしい。素敵な妻とかわいい娘のスリーピース家族。主な運動はダブルクリック。

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