コジマコージ

2019. 07. 16

猫と、わたし。時々、ハチ

 

山路を登りながらこう考えた。

智に働けば角が立つ。

情に棹させば流される。

とかく人の世は住みにくい。

 夏目漱石の『草枕』の冒頭だ。この舞台となった金峰山(熊本市)のふもとで僕は生まれ育ったが、漱石と聞くと『吾輩は猫である』の方が思い浮かぶのは、ネコと一緒に幼少期を過ごしたせいかもしれない。作中のネコに名前はないが、我が家のネコには「ミィ」という名前があった。と言っても、実家のネコは代々「ミィ」なので、そのネコが何代目の「ミィ」なのかは分からない。近所でタヌキの目撃情報があり、保健所から人が派遣される騒ぎになったが、正体は「ミィ」だったことがある。とにかく大きなネコだった。

 僕たちはいつも一緒の布団で寝ていたが、ミィにはひとつだけ困った性癖があった。それが「贈り物」だ。毎朝、何かしらの贈り物を僕の布団に置いていく。それはペットボトルのキャップだったり、ネコ用のオモチャだったり、ほとんどがたわいもない贈り物だったが、どうしても忘れられない思い出の品がある。今回はそのトップ3を紹介する。

 


第三位「瀕死の鳩」
「ぉぉぉ…おぉぉおっ…ぉおぉ」という変な声で目が覚めた。右頬に生温かい感触があり、目を開けると鳩がいた。さすがに悲鳴をあげた。とりあえず窓を開けて逃がそうとしたが飛び立つ元気はなく、トボトボと歩いて出て行った。あの背中が忘れられない。

第二位「知らないネコ」
 目が覚めると枕元に知らないネコが座っていた。ミィの友だちなのか恋人なのか知らないが、ネコ用のオモチャを出してあげてもピクリとも動かないし、一向に出ていく気配もない。知らないネコとの二人きりの時間は妙に気まずい。

第一位「スズメバチの死がい」

 至近距離で見るスズメバチの顔は本当に恐い。生きたスズメバチじゃなくて助かったが、短期間でハチに何度も刺されるとアレルギーで命に関わることもあるという。ちょうどその直前にハチに刺されていた僕には命の危険を感じる添い寝だった。(これが本当のハニートラッ……いや、なんでもない)

 さかのぼること数日前、小学生だった僕はカブトムシを捕るために近所の山の中にいた。朽ちた樹木の匂いが立ちこめる山路を分け入って、クヌギの木を片っ端から蹴っていく。お目当てのカブトムシやクワガタが落ちてくることもあれば、予期せぬモノが落ちてくることもある。ドスン、と音がした方向を見ると、山路の坂を転がるラグビーボールのような物体から黄色い煙が飛び出すのが見えた。それがスズメバチであることはすぐに分かった。フラフラと飛ぶアシナガバチやミツバチと違い、スズメバチは直線的にまっすぐ飛ぶのだ。スズメバチの一団の羽音で樹木の葉が震えた。次の瞬間、僕はほとんど条件反射で転がるように逃げていた。おそらく人生で一番速く走った。スズメバチは激怒した。巣を蹴り落とした邪智暴虐の僕を除かなければならぬと決意した(かもしれない)。無我夢中で走り続けて山路から抜け出た。すでにハチの羽音は山にまぎれ、ゼイゼイとした荒い息づかいと乾いた蝉の声だけが早朝の町に響いていた。助かった。


 家に帰り着いたが、生まれて初めて味わった「命の危険」にしばらく玄関先で呆然と座り込んでいた。心臓の鼓動は収まらず、膝はガクガクして立ち上がれない。しかし、時間が経つにつれて、今まで味わったことがない感情が身体に満ちてくるのを感じた。それは明らかに「生きる喜び」だった。人は「死」を間近に感じることでようやく「生」の喜びを感じることができるのかもしれない。ひとまず顔でも洗おうと玄関先の水道の蛇口をひねったとき、指先に何かが触れた。チクッ……

 ミツバチに刺された。

 油断した。狂暴なスズメバチの大群から逃げ切ったあとに温厚なミツバチに刺された。いや、刺されたというより自分から針をつかんだ。人差し指はみるみる腫れあがり、僕は泣いた。それ以来、ハチのことが大嫌いになった。

 

 このとき、僕を泣かせたのは10㎜のミツバチだったが、たった4.5㎜の蛾に泣かされることもある。それは衣類の虫食いの原因となる「イガ(衣蛾)」だ。主に動物性の天然素材を食料としていて、シルクやカシミヤのような柔らかい繊維が大好物。だから上質なセーターほど虫に狙われやすい。同じく虫食いの原因となるヒメマルカツオブシムシは動物性の繊維だけではなく、植物性のセルロースも食べる。無駄に食生活のバランスが良い。虫食いは、春先に花畑などに飛んでいるこれらの成虫が衣類に卵を産み、その幼虫が繊維を食べることで生じる。虫食いの被害を防ぐには下記のような方法がある。

 

・虫干しをする

色やけを防ぐために直射日光は避ける。湿気の少ない時期や時間帯に風通しのよい室内で衣類を干すのがポイント。


・汚れを落とす
→繊維の上の汚れ(食べかすなど)は、ご飯の上のふりかけのようなもの。繊維そのものが虫の食料なので、汚れを落としても虫食いを完全に防ぐことはできないが、虫食いリスクは確実に減らすことができる。衣替えなどで衣類をしまう前の「しまい洗い」も効果的。※洗濯表示に「水洗いNG」や「ドライクリーニング」のマークがついている場合はお近くのクリーニング店にご相談を。

 

 ハチに刺されたり、お気に入りのセーターを虫に食われたり、思い起こせば多くのムシに泣かされてきた。僕の娘はまだ4歳なので、悪い虫がつかないように心配をするのはまだ早いが、思春期になったら無視に悩まされる日が来るかもしれない。ふと窓の外を見ると、むし暑い熊本の夏。きっとこれからもさまざまな“ムシ”に泣かされることだろう。

 

  とかく人の世は住みにくい。

ライター

コジマコージ 

MUDAI代表/デザイナー/コピーライター 高校中退&就職未経験の逆エリート街道まっしぐら系フリーランサー。酔うと句読点について語るらしい。素敵な妻とかわいい娘のスリーピース家族。主な運動はダブルクリック。

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