特集

2019. 03. 19

ちょっと不思議なクリーニング店

 

 

01あなたを忘れるワンピース

 

大きくもない、小さくもない。

日本のどこにでもあるような地方都市。

20分ほど車を走らせれば、マゼンタカラーのイオンの看板が目に入る。

そんな無個性な街。そういう場所がわたしの「故郷(ふるさと)」だ。

 

一般的に「国道」と呼ばれる大通りには、ひとつ、ふたつ、みっつ。

24時間営業のコンビニが容赦なく姿をあらわしてくる。

 

「よくもまあこんな近距離に建てるよなあ」。

 

赤いのと、青いのと、緑色のコンビニ。

泡がふわふわとかミルクが多めとか、カフェオレの味の違いも大差ない。

いつ行っても、何度行っても、どんな人が働いているかとか、

ATMでいくら卸したとか、あの店で感じたことも考えたことも、何ひとつとして覚えていない。

 

味のしない信号みたいなコンビニを曲がったところにある、24時間OPENのクリーニング店。

クリーニング店で24時間営業なんてめずらしいから、

オープン当初はわりと話題になったものだ。

 

「Laundry diary」。

 

これがこの店の名前だ。

オープンしてまだ2年くらいなのに、なぜか人気(ひとけ)がなく、

わざとらしくぴかぴかしていないところが不思議と性にあっていた。

 

長身の男店主は、クリーニング店のオーナーだというのに(雇われ店主かもしれないけれど)、なぜかいつもよれっとしたシャツを着ていた。

シャツの色は白ではなく、どことなくくすんだ色のほうが多いようだった。

必要以上の会話をかわしたことはなかったが、そのくらいで丁度よかった。

 

「おにぎりあたためますか」「カードお持ちですか」。

 

あのステレオタイプなセリフは口にしない。

言われるたびに思う。

おにぎりをあたためなくても、カードを持っていなくても、いいじゃない。

「失礼しました」と謝らないでよ。

あなたが悪いわけじゃないじゃない。

何でもかんでも、お伺いをたてすぎるのだ、この世界は。

 

汚れたシミは落とすだけ。くしゃくしゃのシワは伸ばすだけ。

 

クリーニング店に行く目的はそれ以上でもそれ以下でもないのだから、

それだけをちゃんとやってくれればいい。

願いはいつもシンプルなものだ。

 

お気に入りのシャツに、酔っ払ったあの子が勢いよくぶちまけたワインのシミも。

出張中ずっとキャリーケースの底にしまわれていた一丁裏のジャケットも。

ここに持ってくればいつだってピン、となって戻ってきた。

 

前より少し軽くなった気がする布に、ギリギリまで鼻を近づけて、深く息を吸い込む。

いつも、深い森みたいな香りがした。

そのたびに、「あ、服がよろこんでいる」と思った。

クリーニング店としての仕事を、まっとうにやってくれるこの店が好きだった。

服は徹底的にきれいになって戻ってくるのに、価格表を置いていないところとか

(同じシャツを出しても、毎回、微妙に金額が違っていたりする)、

街に唯一あるデパートの名前が入った、ダサい紙袋に無造作に入れられているところとか。

そういう不思議なところもなぜか好きだった。

 

いつもは仕事帰りにそのまま行くことが多いのだけれど、初めて、土曜の朝に店を訪ねた。

持ってきたのは1枚のワンピース。

シミも、シワも見当たらない、きれいなワンピース。

「思い出を洗ってください」とだけ伝えた。

いつも下向きがちの店主と初めて目が合った。

少しだけ目の目尻がぴくり、と動いた気がしたけれど、「わかりました」と答えてくれた。

 

彼とは結婚を考えていた。

「今度実家に行こうか」と言われたら、OKとこたえる準備はとっくにできていた。

あの時こう言えばよかったとか、あんな態度をとればよかったとか。

かつて「理由なく始まりは訪れ 終わりはいつだって理由をもつ」と歌った歌手がいたけれど、ほつれた糸を集めて、また2人で縫いあげていく気力も体力も、残っていなかった。

 

シックな紺地にぽつんぽつんと雫を落としたような水彩の花柄。

シャレードの素材が歩くたびにふわふわと揺れて。

自分では選ばないような一着を選んでくれたことが、うれしかった。

 

ダサい紙袋のなかには、クリーニングを終えたワンピースが無造作に入っていた。

別れた恋人にもらったものなんて、絶対身につけたくないという人も多い。

でも私は、このワンピースがとても気に入っていたから。

「似合っている」と言われてうれしかったから。

だからこれからも、誰のためでもなく、私のためにこのワンピースを着るつもりだ。

 

大切に、大切に着ていたから。

着るときはお酒を控えめにしていたから、シミなんてついているはずもない。

いつもより姿勢を良くして座っていたから、シワなんてもってのほか。

それでも、まっさらにしてほしくて、この店に持ってきた。

 

いつものように、紙袋だけ別の場所に保管しようと袋をたたもうとした瞬間、

底に隠れていた小さなカードに気づいた。

 

「何これ?」。

 

ハンコらしきものがいくつも押されたポイントカードだった。

ぶっきらぼうな文字で「いつもありがとうございます」と書かれた付箋が貼り付けられていた。

 

「あの店、ポイントカードなんてあったの?」。

 

何かを察してくれた店主の配慮か、ただの偶然か。

 

「ポイント、めっちゃたまってるじゃん」

 

 

どうやらあと2ポイントで、1回分のクリーニングが無料になるらしい。

クローゼットをちらりと振り返った。

 

ライター

福永あずさ

熊本市在住のフリー編集者・ライター。高校まで宮崎暮らし。カメラマンの夫と愛猫と、水前寺の古いアパートでぼんやり暮らしてます。バーと離島とスナックが個人的なパワスポ。年に2・3回、日本の酒場をめぐるひとり旅に出ます。遊ぶことに関して脅威の集中力を発揮しますが、請求書をすばやく出す、掃除機をきちんとかける、などの生きていく力がほぼ皆無。一年中唐揚げ食べてます。

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